こんにちわんこ。
ママリンは

大変なことに気がついたんだよ、のエンジェル
タルです。これは2008年9月・4歳の時のタルちゃんです。FBの「過去の思い出を振り返ってみましょう」で気がついたのですが、
去年の3月16日にハワイ旅行に出掛けて
そのブログを
まだ書き終えていませんでした!
ハワイ旅行についての最後の記事→
オアフ島のテーマパークを堪能ヒャー、
8ヶ月も放置していましたー。
自分でもびっくりですよ。
今更なんですけど
このブログはぐー家の記録だし
あとちょっとで終わるので
お顔の皮をカンナで削れるくらい暑くして続きを書こうと思います。
リアルタイムでちょい書きしていた記事と重複するところもあるかと思いますが、
お暇な方、読んでみてください。
ハワイ旅行の記事を初めから読む場合はこちら→
バカンス・ハワイ 2022年3月今回の記事のリアルタイムの記事としてはこの日あたりです。→
例の日本のあそこへ2022年3月26日
前日の夜から雨だったので
予定変更して
この日はビーチには行かずに
パールハーバーへ行ってみました。

雨が降ったらパールハーバー!
と決めていたので。
でも、そのために
アリゾナ記念館のチケット予約をしていなかったので
スタンバイの列に並んだら、

雨が降ったり止んだりの中2時間半(立ちんぼで約2時間+ベンチに座って約30分)待たされてしまいました。
先に他を見てからでも良かったのですけど、
その時はネット情報で
予約してない人は
当日券を早めに取ったほうがいい。
と読んでいたので
何がなんでも
まずアリゾナ記念館のチケット!
と思って必死だったのです。
やっとボートに乗り込んだ時には

二人とも
ぐったり。本当はボートに乗る前に映画を見るのだそうですが、
コロナ禍だったのでそれはパスでした。
日本人にとってパールハーバーは
見学していてちょっと辛い心情になるところですから
見てたら気分がドドンと落ち込んでいたかも?
特にこのアリゾナ記念館は

その下に日本軍の奇襲攻撃によって沈没した戦艦アリゾナが沈んでいて
ここで亡くなった船員・戦士全員の名前が彫られてもいます。
ここで82年前に実際に戦闘が、犠牲者が、、、、
見学している人たちの中にはその親戚縁者の方がいるかも、、、、?
と思うと
神妙な気持ちになりました。
次に見学したアリゾナ・メモリアル・センター。

↑で並んでいる間に
すぐそばにある入場無料のここを交代で見学していれば
後の時間を大幅に節約することができたはずです。
計画なしだったのでこういうことになってしまいました。
ここには太平洋戦争だけでなく、
映画などでヨーロッパでの戦争の様子も紹介されています。

まぁ、主に太平洋戦争が中心なんですけど。
日本軍による真珠湾奇襲攻撃当時の
アメリカ兵たちの生々しい証言録も多数展示されていて
ここでもまた複雑な
気持ちになるぐーママなのでした。
当然ですが
展示はアメリカ寄りの解釈・解説って分かってますけど
分かってますけどっ
終戦のことまで展示解説しているのに
広島長崎への原爆投下はじめ
日本本土各都市・一般市民に対する無差別絨毯爆撃(=一定の地域を一面無差別にすきまなく徹底的に爆撃すること)の
非人道的攻撃については
全然説明されていないのよねー。
それってどうなの?
アメリカ

は正義!
ってことだけを前面に押し出しているのがなんともねー、、、。
真珠湾攻撃の指揮艦だった空母赤城の精巧なモデル。

なんか当時でも特殊な構造の空母だったらしいです。
立ちんぼと長時間の見学で

ぐったりなだんな君。
おドイツ人のだんな君にしてみれば
それほど感慨深いわけでもないところなんでしょう。
ましてやだんな君って歴史にあまり興味がない人なので
この頃から

もう帰ろう。
攻撃が始まりました。(←子供か!)
いやいやここまで来てそういうわけには行かないでしょう。
最低でも
日本の
降伏文書調印が行われた戦艦ミズーリーは見なくちゃ。
売店で買ったサンドイッチ(一つ6ドル)で
エネルギーを補充して

ぐーちゃんってそんなミリタリーオタクだった?
とかぶつぶつ言ってるだんな君を(←
歴史好きって言って)
おだてたりすかしたりしながら
シャトルバスで
戦艦ミズーリーへ移動。
入り口に立つニミッツ元帥。

アメリカでは英雄なんでしょうね。
ニミッツさんって
日本海海戦で日本を勝利に導いた東郷平八郎をすごく敬愛していたらしいですね。
ミリタリーオタクでも
ましてや戦中世代でもありませんが、
太平洋戦争・第二次世界大戦について色々読んでいた時代があったぐーママです。
第二次世界大戦終戦の調印式が行われた甲板。
日本側は全権大使第重光葵、アメリカ側はマッカーサー元帥。

この写真、
歴史の教科書に載っていましたね。
小学高学年だったか中学の頃だったか、
日本代表は正装しているのに
周囲のアメリカの将校はじめ居並ぶ人たちが
なんかだらだらしていて(←軍服だから正装なんですけど下士官?普通の兵隊さん?達が上の方に腰掛けて足プラプラさせてるとか)
日本代表に対する敬意がみられないなー。
負けるってこういうことなんだ。
日本代表の方々ってどんな気持ちでここに立っていたのかなー?
って子供心に思ったものです。
そうそう、
↑で有名な戦艦ミズーリですが、

湾岸戦争にまで出動しているとは知りませんでした。
船内の様子あれこれ(↓山のように写真を撮ったほんの一部)
将校たちの食事室

船員たちの船室

船上でのおやつは

アメリカ人の大好きなドーナッツ。

あ、あんなところに

ブチャイクなワンちゃん。
艦のマスコットだったのでせうか?
船で飼うといったら

ねこちゃんと相場が決まっているのにね。この艦が戦争のためのものということを除けば

船上生活の様子がものすごく興味深いです。
ただ
展示の仕方としては
多数の蝋人形を使ったロンドン・テムズ川に浮かぶ巡洋艦Belfastの方が
ずっと面白かったです。→
船での生活もっともっとじっくり見学したかったのですが、
夕方になり、

ホテルそばの安い駐車場が一杯になってしまう!
と急かすだんな君。
結局最初のアリゾナ記念館のチケットゲットのために
見学時間の半分くらいが裂かれてしまい、
ボーフィン潜水艦と
せめてと思って外観だけ撮影。零戦が展示してあるという太平洋航空博物館の見学は諦めざるを得ず
ちょっと不満気味なぐーママでした。
おまけ
真珠湾攻撃といえば
映画「トラトラトラ」。
日米開戦の事情を

両国の立場で極めて公平に近い形で製作された映画と言われるものです。
ぐーママは叔父が仙台市の某映画館の支配人をやっていたおかげで
当時上映された映画はほとんどロハで見まくっていたので
当然この映画も上映開始と共に見たわけですが、
この映画の迫力には圧倒されましたし、(←CGなしでこれだけの場面!今見てもすごい)
真珠湾攻撃が始まるまでの政治的やりとりとか
最後通告の伝達の遅れのこととかも興味深かったし。(←当時の事情を初めて知った)
この後の悲惨な顛末を知っているだけに、
山本五十六の(←山本総さん、ものすごくかっこいい

)
宣戦布告が遅れたことで、米国民の戦意を消沈させるどころか高揚させてしまった・・・云々
という言葉がすごく印象に残りました。
そんなこんなで
その当時のことを色々調べてみようと思ったきっかけになった一つだと思います。
だから余計に
パールハーバー全体をちゃんと見学できなかったのが悔しいのです。
続きます。→
パールハーバーの強奪者タルッとクリックお願いします。→
御面倒でももう一つタルっと。→
にほんブログ村
- 関連記事
-
テーマ : ハワイ生活 - ジャンル : 海外情報
タグ : ハワイパールハーバーアリゾナ記念館アリゾナ・メモリアル・センター戦艦ミズーリー歴史オタク歴史の教科書船上生活の様子映画「トラトラトラ」
コメントの投稿